2018年10月1日月曜日

日本史 建国神話③


・イザナミの死


 さて,国土を創世し終わったイザナギとイザナミの二神は,次に,主には自然を司る神々を生み出すことになる。彼等が生み出した神々を以下のように列挙する。但し,参考にしたのは『古事記』における順番である。

①オホコトオシオ
②イハツチビコ
③イワスヒメ
④オホトヒワケ
⑤アメノフキオ
⑥オホヤビコ
⑦カザモツワケノオシオ
オオワダツミ(海の神)
ハヤアキツヒコ(海峡の神) 
⑩ハヤアキツヒメ
シナツヒコ(風の神)
ククノチ(木の神)
オオヤマツミ(山の神)
ノヅチ(野の神)
⑮アメノトリフネ
⑯オホゲツヒメ
ヒノカグツチ(火の神)

 太字になっているのは,それが何を司るのか同書が明示しているものである。これからわかるように,上記の神のほとんどが何を司る神なのかわからない。ただ,明記されているものから,おそらく自然を神格化した神であることは推測できる。

 しかし,ここで問題が起きる。イザナミが最後に生んだ神,ヒノカグツチは火を司る神であった。なので,イザナミはこの子供を出産するときに,女性器に深刻なやけどを負ってしまったのである。
 これによって,体調を崩したイザナミは床に臥せ,嘔吐などに苦しんだ。この時,彼女の吐瀉物や糞尿からも新しい神が成ったという。

 そして,ついにイザナミは亡くなってしまった。そこで夫のイザナギは,「まさか,私の愛する妻の命と,子ども一人の命を引き換えることになってしまうとは。」と嘆き悲しんだ。
 そして,彼はイザナミの亡きがらを比婆山に葬った。この比婆山は,『古事記』によると出雲国(いずものくに:島根県東部)と伯耆国(ほうきのくに:島根県西部)の間にあると示されている。

 イザナギはまた,ヒノカグツチの頭を剣で斬り落とした。すると,切断されたヒノカグツチの体の各部位から新し神々が成り出た。それらの神を以下に列挙したい。

『古事記』
①マサカヤマツミ(頭部)
②オドヤマツミ(胸部)
③オクヤマツミ(腹部)
④クラヤマツミ(陰部)
⑤シギヤマツミ(左手)
⑥ハヤマツミ(右手)
⑦ハラヤマツミ(左足)
⑧トヤマツミ(右足)

 これを見ると,『古事記』では,ヒノカグツチは8つに切り裂かれたことが分かる。しかし,『先代旧事本記』は3つの説を挙げている。ヒノカグツチの体は3つに切り裂かれたとする説,または5つに切り裂かれたとする説,そして8つに切り裂いた説である。この三つの説における,それぞれの部位から成った神を列挙してみることにする。

『先代旧事本』ヒノカグツチが3つに切り裂かれた場合
①オオヤマツミ
②タカオカミ
③イカヅチノカミ

 ヒノカグツチが3つに切り裂かれた説では,どの部位がそれぞれの神になったかということが示されていない。また,ヒノカグツチから成った神であるにもかかわかず,“ヤマツミ”という名前がついているのはオオヤマツミだけである。

『先代旧事本記』ヒノカグツチが5つに切り裂かれた場合
①オオヤマツミ(頭部)
②ナカヤマツミ(身体)
③ハヤマツミ(手)
④マサカヤツミ(腰)
⑤シギヤマツミ(足)

『先代旧事本記』ヒノカグツチが8つに切り裂かれた場合
①オオヤマツミ(頭部)
②ナカヤマツミ(身体)
③オクヤマツミ(腹部)
④マサカヤマツミ(腰)
⑤ハヤマツミ(左手)
⑥ハヤマツミ(右手)
⑦ハラヤマツミ(左足)
⑧トヤマツミ(右足)

 さて,『先代旧事本記』によれば,頭部から成った神の名前をいずれもオオヤマツミとしている。『古事記』におけるオオヤマツミとは,イザナギとイザナミの間に生まれた山の神の名前である。
 この二柱の神は,名前の読み方が同じで,異なる神であろう。イザナギとイザナミの間に生まれたオオヤマツミは“大山津見”と記され,ヒノカグツチの頭部から成ったオオヤマツミは“大山ネ氏”と記される。そして後者は,『古事記』にある“マサカヤマツミ”の別名であるとされる。


・高龗(たかおかみ)

 また,『日本書紀』一書によると,イザナギがヒノカグツチ(軻遇突智:かぐつち)を三つに切り裂き,以下のような神が成ったとされる。

①イカヅチノカミ(雷神)
②オオヤマツミ
③タカオカミ(高龗)

 ここで登場するタカオカミという神は,京都府京都市にある貴船(きふね)神社のご祭神であり,この神社は全国にある貴船神社の総本社とされる。
 
 オカミ(龗,闇龗)については,『釈日本記』で以下のような見解が作者の卜部兼方によってされている。
 そもそも,平安時代に行われた日本書紀の講義をまとめた『日本書紀私記』があり,その書によれば,オカミは山の神とされていたようである。しかし,卜部兼方はオカミという神が山の神ではなく,龍蛇の類ではないかとしている。(龍というのは,水神とされる事が多い。)

 この内容は『釈日本記』のオカミ(闇龗)の項にあるが,同項には,その根拠となったと思われる『豊後国風土記』逸文の引用があるのでそれについても簡単に紹介したい。

 そもそも,豊後国とは現在の大分県のほぼ全域に相当し,そこにはかつて直入(なおり)郡の球覃(くたみ)郷という場所が存在した。そして,その村の名前の由来にはオカミが関わっている。
 かつて,ここを訪れた纏向日代宮御宇天皇(景行天皇)が,この場所にある泉の水が飲めるかどうか確かめるために,天皇らの食事を司る人にその泉の水をくませたという。
 そして,その人が水をくむと,すぐにオカミ(蛇龗)が現れた。これを見た天皇は,必ずこの泉の水は臭くなるだろうと言って,その人に水をくませなかったという。
 このことがあって,この場所は臭泉(くさいずみ)とよばれるようになったが,それが訛って球覃(くたみ)というようになったというのだ。ここまでが『豊後国風土記』逸文の内容である。
 卜部兼方の考えを参考にすると,タカオカミもまた竜神の類ということになるであろう。また,オカミが現れると水が臭くなる,もしくはオカミの住む水域は水が臭いという風に考えられていたことも,この『豊後風土記』逸文から推測できる。


・闇龗(くらおかみ)

 『日本書紀』一書によれば,イザナギがヒノカグツチを切り裂いた時,その剣の柄頭から滴り落ちた血から以下三柱の神が成ったという。
 
①クラオカミ(闇)
②クラヤマツミ
③クラミツハ

 ここに挙げられているクラオカミという神には,先ほどのタカオカミと同じ“龗(オカミ)”という字がある。また,両者はヒノカグツチがイザナギによって切り裂かれたことにより生まれた神である。(クラオカミが生まれたことを表す一書というのは,タカオカミが生まれたことを表す遺書とは異なる。)両者は同一の神であるのか。

 この問いについて述べる前に,少し触れておきたい点がある。
 そもそも,タカオカミという神は『日本書紀』一書にのみ登場し,『古事記』には登場しない。実は『古事記』に登場するのはクラオカミのみである。『古事記』『日本書紀』の双方にその名前が見えるクラオカミののほうが広く認知されていたりする。

 さて本題に戻るが,クラオカミもタカオカミと同じく“オカミ”という字がついているから龍神の類であろう。オカミという言葉が竜神の類を表していることは既に述べてある。ここで両者を区別しているのはその字の前についている“高(タカ)”と“闇(クラ)”といえる。この字はそれぞれ何を意味しているのか。

 『古事記伝』などによれば,闇という字があてられている“クラ”という言葉が,“谷(たに)”のことを表しているという。また,同書によると,タカオカミの“タカ”という字は,“山の上”を表しているという。
 したがって,“タカオカミ”は“山の上にいる竜神”という意味となり,“クラオカミ”は“谷にいる竜神”という意味になる。