2018年10月1日月曜日

日本史 建国神話③


・イザナミの死


 さて,国土を創世し終わったイザナギとイザナミの二神は,次に,主には自然を司る神々を生み出すことになる。彼等が生み出した神々を以下のように列挙する。但し,参考にしたのは『古事記』における順番である。

①オホコトオシオ
②イハツチビコ
③イワスヒメ
④オホトヒワケ
⑤アメノフキオ
⑥オホヤビコ
⑦カザモツワケノオシオ
オオワダツミ(海の神)
ハヤアキツヒコ(海峡の神) 
⑩ハヤアキツヒメ
シナツヒコ(風の神)
ククノチ(木の神)
オオヤマツミ(山の神)
ノヅチ(野の神)
⑮アメノトリフネ
⑯オホゲツヒメ
ヒノカグツチ(火の神)

 太字になっているのは,それが何を司るのか同書が明示しているものである。これからわかるように,上記の神のほとんどが何を司る神なのかわからない。ただ,明記されているものから,おそらく自然を神格化した神であることは推測できる。

 しかし,ここで問題が起きる。イザナミが最後に生んだ神,ヒノカグツチは火を司る神であった。なので,イザナミはこの子供を出産するときに,女性器に深刻なやけどを負ってしまったのである。
 これによって,体調を崩したイザナミは床に臥せ,嘔吐などに苦しんだ。この時,彼女の吐瀉物や糞尿からも新しい神が成ったという。

 そして,ついにイザナミは亡くなってしまった。そこで夫のイザナギは,「まさか,私の愛する妻の命と,子ども一人の命を引き換えることになってしまうとは。」と嘆き悲しんだ。
 そして,彼はイザナミの亡きがらを比婆山に葬った。この比婆山は,『古事記』によると出雲国(いずものくに:島根県東部)と伯耆国(ほうきのくに:島根県西部)の間にあると示されている。

 イザナギはまた,ヒノカグツチの頭を剣で斬り落とした。すると,切断されたヒノカグツチの体の各部位から新し神々が成り出た。それらの神を以下に列挙したい。

『古事記』
①マサカヤマツミ(頭部)
②オドヤマツミ(胸部)
③オクヤマツミ(腹部)
④クラヤマツミ(陰部)
⑤シギヤマツミ(左手)
⑥ハヤマツミ(右手)
⑦ハラヤマツミ(左足)
⑧トヤマツミ(右足)

 これを見ると,『古事記』では,ヒノカグツチは8つに切り裂かれたことが分かる。しかし,『先代旧事本記』は3つの説を挙げている。ヒノカグツチの体は3つに切り裂かれたとする説,または5つに切り裂かれたとする説,そして8つに切り裂いた説である。この三つの説における,それぞれの部位から成った神を列挙してみることにする。

『先代旧事本』ヒノカグツチが3つに切り裂かれた場合
①オオヤマツミ
②タカオカミ
③イカヅチノカミ

 ヒノカグツチが3つに切り裂かれた説では,どの部位がそれぞれの神になったかということが示されていない。また,ヒノカグツチから成った神であるにもかかわかず,“ヤマツミ”という名前がついているのはオオヤマツミだけである。

『先代旧事本記』ヒノカグツチが5つに切り裂かれた場合
①オオヤマツミ(頭部)
②ナカヤマツミ(身体)
③ハヤマツミ(手)
④マサカヤツミ(腰)
⑤シギヤマツミ(足)

『先代旧事本記』ヒノカグツチが8つに切り裂かれた場合
①オオヤマツミ(頭部)
②ナカヤマツミ(身体)
③オクヤマツミ(腹部)
④マサカヤマツミ(腰)
⑤ハヤマツミ(左手)
⑥ハヤマツミ(右手)
⑦ハラヤマツミ(左足)
⑧トヤマツミ(右足)

 さて,『先代旧事本記』によれば,頭部から成った神の名前をいずれもオオヤマツミとしている。『古事記』におけるオオヤマツミとは,イザナギとイザナミの間に生まれた山の神の名前である。
 この二柱の神は,名前の読み方が同じで,異なる神であろう。イザナギとイザナミの間に生まれたオオヤマツミは“大山津見”と記され,ヒノカグツチの頭部から成ったオオヤマツミは“大山ネ氏”と記される。そして後者は,『古事記』にある“マサカヤマツミ”の別名であるとされる。


・高龗(たかおかみ)

 また,『日本書紀』一書によると,イザナギがヒノカグツチ(軻遇突智:かぐつち)を三つに切り裂き,以下のような神が成ったとされる。

①イカヅチノカミ(雷神)
②オオヤマツミ
③タカオカミ(高龗)

 ここで登場するタカオカミという神は,京都府京都市にある貴船(きふね)神社のご祭神であり,この神社は全国にある貴船神社の総本社とされる。
 
 オカミ(龗,闇龗)については,『釈日本記』で以下のような見解が作者の卜部兼方によってされている。
 そもそも,平安時代に行われた日本書紀の講義をまとめた『日本書紀私記』があり,その書によれば,オカミは山の神とされていたようである。しかし,卜部兼方はオカミという神が山の神ではなく,龍蛇の類ではないかとしている。(龍というのは,水神とされる事が多い。)

 この内容は『釈日本記』のオカミ(闇龗)の項にあるが,同項には,その根拠となったと思われる『豊後国風土記』逸文の引用があるのでそれについても簡単に紹介したい。

 そもそも,豊後国とは現在の大分県のほぼ全域に相当し,そこにはかつて直入(なおり)郡の球覃(くたみ)郷という場所が存在した。そして,その村の名前の由来にはオカミが関わっている。
 かつて,ここを訪れた纏向日代宮御宇天皇(景行天皇)が,この場所にある泉の水が飲めるかどうか確かめるために,天皇らの食事を司る人にその泉の水をくませたという。
 そして,その人が水をくむと,すぐにオカミ(蛇龗)が現れた。これを見た天皇は,必ずこの泉の水は臭くなるだろうと言って,その人に水をくませなかったという。
 このことがあって,この場所は臭泉(くさいずみ)とよばれるようになったが,それが訛って球覃(くたみ)というようになったというのだ。ここまでが『豊後国風土記』逸文の内容である。
 卜部兼方の考えを参考にすると,タカオカミもまた竜神の類ということになるであろう。また,オカミが現れると水が臭くなる,もしくはオカミの住む水域は水が臭いという風に考えられていたことも,この『豊後風土記』逸文から推測できる。


・闇龗(くらおかみ)

 『日本書紀』一書によれば,イザナギがヒノカグツチを切り裂いた時,その剣の柄頭から滴り落ちた血から以下三柱の神が成ったという。
 
①クラオカミ(闇)
②クラヤマツミ
③クラミツハ

 ここに挙げられているクラオカミという神には,先ほどのタカオカミと同じ“龗(オカミ)”という字がある。また,両者はヒノカグツチがイザナギによって切り裂かれたことにより生まれた神である。(クラオカミが生まれたことを表す一書というのは,タカオカミが生まれたことを表す遺書とは異なる。)両者は同一の神であるのか。

 この問いについて述べる前に,少し触れておきたい点がある。
 そもそも,タカオカミという神は『日本書紀』一書にのみ登場し,『古事記』には登場しない。実は『古事記』に登場するのはクラオカミのみである。『古事記』『日本書紀』の双方にその名前が見えるクラオカミののほうが広く認知されていたりする。

 さて本題に戻るが,クラオカミもタカオカミと同じく“オカミ”という字がついているから龍神の類であろう。オカミという言葉が竜神の類を表していることは既に述べてある。ここで両者を区別しているのはその字の前についている“高(タカ)”と“闇(クラ)”といえる。この字はそれぞれ何を意味しているのか。

 『古事記伝』などによれば,闇という字があてられている“クラ”という言葉が,“谷(たに)”のことを表しているという。また,同書によると,タカオカミの“タカ”という字は,“山の上”を表しているという。
 したがって,“タカオカミ”は“山の上にいる竜神”という意味となり,“クラオカミ”は“谷にいる竜神”という意味になる。
 
 






2018年9月27日木曜日

日本史 建国神話② 

・国土創世

・性別のある神

 さて,話は日本の国土創世へと移るのだが,国土を生み出した神はイザナギとイザナミの夫婦神である。特筆すべきことは,この神には性別がそれぞれ存在することである。何故,性別のある神が重要かというと,日本神話の多くの神はその母に当たる神から分娩される形で生まれるからである。
 そもそも,天地開闢の場面で現れた神々は「成った」の表記されているように,母体から生まれたのではない。つまり,自然に成り出る形で生まれたということになる。


 それでは,性別のある神が生まれたのはいつからなのだろうか。実は,イザナギとイザナミ以前にも,性別のある神は誕生している。
 『古事記』によると,最初に生まれたアメノミナカヌシからイザナギらまで以下のような神が生まれたとされる。それらを列挙してみたが,どうやら8番目に現れたウヒヂ二・スヒヂ二の時から性別が存在するようである。


別天神(ことあまつかみ)
アメノミナカヌシから数えて五柱の神の総称。

アメノミナカヌシ(最初に現れた神)
②タカムスヒ
③カムムスヒ
ウマシアシカビヒコヂ
⑤アメノトコタチ

神世七代(かみよななよ)
クニノトコタチからイザナギ・イザナミまでの十二柱の神々の総称。

クニノトコタチ(『日本書紀』における最初の神)
⑦トヨクモノ
ウヒヂ二・スヒヂ二
⑨ツノグヒ・イクグヒ
⑩オホトヂノ・オホトノベ
⑪オモダル・アヤカシコネ
イザナギ・イザナミ

 しかしながら,おそらく夫婦となり,交わったのことが明記されているのはイザナギ・イザナミの二神についてのみであり,他の性別を持った神が夫婦関係にあったかは分からない。但し,イザナミを含め,,女性と思われる神にはいずれも“妹”と記されており,それらの神が兄妹関係にあることが分かる。

・オノゴロ島

 そして,イザナギとイザナミは日本の国土を創世することになる。だがその前に,オノゴロ島について取り上げておく。
 オノゴロ島とは,日本の島の中でも例外的な生まれ方をした島であり,最初に生まれた島でもある。現在,このオノゴロ島が,日本列島のどこの島を表しているのかは分かっていない。有力なのが兵庫県の絵島(えしま),もしくは沼島(ぬしま)である。

 『古事記』によると,イザナギとイザナミの二柱の神は,他の神々から国土を作りかためるように命令された。そこで二柱の神は天の浮橋(宙に浮いている橋の意される)に立ち,そこから神聖な矛を垂らして海面をかき回した。この矛は,他の神から与えられたものだとされる。
 そして,その矛を引き上げてみたところ,先から滴った潮水が固まって水面に積もって島となったという。これがオノゴロ島である。
 
 二柱の神はオノゴロ島に降り立って,そこに柱を立て,広い御殿を建設した。二柱の神はここで交わり島を創世する。『日本書紀』にも同じような内容が書かれている。


・ヒルコ,アハシマ

 さて,オノゴロ島に降り立った二柱の神は,以下のようなやりとりをした。
 まず,イザナギが「あなたの体はどのようになっているのか。」とイザナミに尋ねた。すると,イザナミは「私の体には成りあわない部分(女性器)があります。」と答えた。
 イザナミはそれを聞いて,「私の体には成り余った部分(男性器)があるので,そこをあなたの成り合わない部分に差し込んで,塞いで,国土を創世しようと思うのだが。あなたは嫌ではないだろうか。」と言った。イザナミは「はい,それはいいですね。」と答えた。

 このやり取りがあった後,二柱の神は,おそらく古代における結婚の儀礼のようなものを行った。おそらく,この儀礼についてはイザナギの方がよく知っており,それをイザナミに説明する場面がある。
 この儀礼は,まず,夫婦が柱の周りを逆方向にまわり,出会ったときにお互いを褒め合うというものである。
 しかし,イザナミはこの儀礼を作法を間違えてしまった。本来ならば,お互いを褒め合う際,男性の方から話しかけるという規則が存在したのだ。だが,女性であるイザナミは先に声をかけてしまった。
 その結果,不完全な子供であるヒルコが生まれた。これは子供の数には入れず,夫婦は葦で作った船に乗せて流してしまった。また,次に生まれたアハシマも子どもの数には入れなかった。その後,これらの神がどうなったかは一切わからないが,ヒルコが漂流したとされる言い伝えを持つ神社は確かに存在する。
 
 また,『日本書紀』が引用したとされる書物によると,イザナミとイザナミがある動物の行動を見て,夫婦の交わりの参考にしたと記されている。その動物は鶺鴒(セキレイ)である。鶺鴒が二柱の神の前に飛んできて,その頭と尻尾を振った。そこでイザナミとイザナミはそれを参考にして,その方法を知ったという。

 また,ヒルコに関して,何故それが不完全な子であったかを知る記述も存在する。それは,“ヒルコ三歳になっても一人で立ちあがることが出来なかった”というものだ。すなわちヒルコは,おそらく異形の子でったことが推測できる。そもそも,ヒルコとは漢字で表すと“蛭児”,“蛭子”となり,手足がなかったのではないかと言われている。

 ところで,このヒルコ,後の時代に意外な進化を遂げる。“蛭子”という漢字,“えびす”と読めないだろうか。そう,起源不明とされる民間信仰の神,七福伸にも数えられる福の神,エビスと同一視されるようになったのだ。だが,エビスと同一視されているなかで有力視されている神はこの他にもコトシロヌシ(後に解説予定)という神がおり,定説には至っていない。

 
・国生み

 さて,話を神話に戻すが,ヒルコとアハシマが生まれた後,イザナギとイザナミの夫婦神は,高天原に登って他の神々に意見を求めた。
 すると,その神々は太占(ふとまに:鹿の肩の骨などを焼いて行う,古代における占い)によって,やはり女神の方から声をかけたことが悪かったと伝えた。そこで,イザナギとイザナミは戻って,今度は男の神の方から声をかけて夫婦の交わりを行った。すると,今度はうまくいき,夫婦神は以下のような順番で国土を創世した。

『古事記』
①アワジノホノサワケノシマ(兵庫県の淡路島)
②イヨノフタナノシマ(四国)
③ツクシノシマ(九州)
④イキノシマ(長崎県の壱岐島)
⑤ツシマ(長崎県の対馬)
⑥サドシマ(新潟県の佐渡島)
⑦オオヤマトアキツシマ(本州)

⑧キビノコジマ
⑨ショウドシマ
⑩オオシマ
⑪ヒメシマ
⑫チカノシマ
⑬フタゴノシマ



『日本書紀』
①オオヤマトアキツシマ(本州)
②アワジシマ(兵庫県の淡路島)
③イヨノフタナノシマ(四国)
④ツクシノシマ(九州)
⑤オキノミツゴノシマ(島根県の隠岐)
⑥サドノシマ(新潟県の佐渡島)
⑦コシノシマ
⑧キビノコシマ

 このように,史料によって順番は異なるもの,我が国の国土はイザナミの母体から生まれたのである。特に,『古事記』と『日本書紀』では本州が生まれたタイミング大きく異なっているが,これが何を意味するかは分かっていない。








 
 




 




2018年9月24日月曜日

日本史 建国神話① 

・始めに現れた神

 我が国の歴史書『古事記』,『日本書紀』などが伝える古代の歴史は,前半において神話を伝えており,神話の時代に国土が形成されるなどして日本の基礎が形作られたとしている。
 日本の神話をもとにした信仰,宗教は原則いわゆる“多神教”の類に該当する。つまり多くの神が日本神話に登場する。そして,その中には当然ながら“最初に現れた神”が存在する。
 初めに現れた神は史料によって異なるが,『古事記』ではアメノミナカヌシ,『日本書紀』ではクニノトコタチということになっている。

・アメノミナカヌシ

 『古事記』における最初に現れた神はアメノミナカヌシである。この神が現れた時は,天と地が初めて別れた時であるという。
 そもそも,日本神話によれば天と地は始め一つの物体であった。そこから分かれて天と地が形成されたのである。
 『日本書紀』によれば,天地が一体となっていた物質から,まず澄んで明らかなものが上に昇ってゆき天となった。そして,重くて濁ったものが下に沈殿してゆき大地になったということが読み取れる。
 また,この書によれば,その重く濁ったものが固まりにくくて大地が形成されるまで時間がかかったために,まず空が形成されてその後に大地が形成されたようだ。
 このように天と大地とがもともと一つであり,後に分かれて形成されたという内容は,中国の古代神話に似たような内容のものが見られるため,その影響を受けたものであると考えられる。(『古事記』編纂が開始したとされる天武天皇の時代には,中国で勉強する留学生が派遣されていたことがわかる。国土形成の場面はこの時に加えられたものと考えることもできる。)

 さて,この天地開闢の場面において登場した神アメノミナカヌシであるが,彼は日本の国土に降り立ったのではないらしいことが分かる。そもそも,日本神話における日本の国土は,後に現れるイザナミとイザナミによって生まれたものであるとされる。
 それでは彼はどこに現れたのか。それが高天原(たかまのはら)という場所である。高天原というのは特定の神々が住んでいる場所として解釈されることが多い。また,史料が伝える内容によれば,おそらく高天原は陸地や海にあるものではなく天空にあるものらしいことがわかる。

 たとえば,『日本書紀』一書による内容に,国土創世中のイザナギにオオヒルメ(アマテラス)が生まれた際に,彼女の優れた容貌を見て,早急に高天原に届けるという場面がある。その時,イザナギが天の柱を登って天に送り届けたのだ。この内容からもおそらく高天原は天空にあるということが覗えるだろう。また,『古事記伝』には,高天原は天そのものを表すという内容がある。

 さて,話をアメノミナカヌシに戻す。『古事記』によるとこの神の後に二柱の神が生まれた。以下,『古事記』における最初に現れた三柱の神を示す。

①アメノミナカヌシ
②タカビムスビ
③カミムスビ

 これら三柱の神に共通する点がある。それは,“独神(ひとりがみ)”であるということ。そして,すぐに“身を隠した”ということである。

 『古事記伝』の内容をもとにすると,独神とは一柱づつ生まれ,他に並ぶものがいない神のことを指すという。この言葉は,後に生まれる神が持つ,男女のペアで生まれるという共通の特徴に対する言葉であるといえる。また,同書は独神を“兄妹がいない子を一人っ子という”が如しであると伝えている。
 
 また,“身を隠す”ということについて。これらの神は,いずれも何をしたかこの場面では書かれていない。ただ,“身を隠した”とだけ『古事記』が伝えるだけである。
 しかも,アメノミナカヌシが登場するのはこの場面だけなので,それが“身を隠す”以外何をした神なのか分からないのである。
 アメノミナカヌシについて何か手がかりはないだろうか。これについてはまた後で触れたいが,まず“身を隠す”ということについて述べたい。

 “身を隠す”とは,おそらく“亡くなった”ということを示しているではないと思われる。何故なら,後に出てくるアマテラスとカミムスビが相談する場面があるなど,同じ“身を隠した”神の登場する場面が後にいくつかあるからだ。
 (しかしながら,本当に亡くなった神とされるイザナミもその死後に登場する場面があるので,断定は難しい。日本では亡くなった後,魂のみとなって残り続けるという思想はあり,それは生ける者の前に姿を現し,交流できるという思想は古代からあったと思われる。)
 『古事記伝』によるとこの“身を隠す”というのは,その体を隠して姿を現さなくなったという意味であるとする。つまり,“亡くなった”意味ではなさそうである。しかし,やはり姿を隠したアメノミナカヌシが再び姿を現した記述は『古事記』,『日本書紀』の中には無く,結果,現在もそれは謎の神のままである。

 ところで,その謎の神アメノミナカヌシの姿に迫ろうとして,その手がかりを探すものは多くいると思う。
 平安時代の歴史書である『日本後記』によると,アメノミナカヌシに関して誤った記述があるという理由で,かつて平安時代処分された書物があったという。その書物の名前は『倭漢惣歴帝譜図(わかんそうれきていふず)』である。
 『日本後記』の大同四年(804年,天皇は平城天皇)の記述によれば,この『倭漢惣歴帝譜図』を所蔵している官人らに,それをすべて提出させる勅令が下された。また,これに従わない者は,すべて重刑に処されるとした。
 天皇自ら焚書の命令が下るという異例の事態となったこの事件であるが,一体この書におけるどのような内容がこれを引き起こしたのであろうか。

 『倭漢惣歴帝譜図』には,アメノミナカヌシが,魯王,呉王,高麗王(高句麗王),そして漢の劉邦の祖先であるという記述があったようである。魯,呉,漢はいずれも中国にかつてあった国の名前であり,高句麗は朝鮮半島にあった国である。つまり,日本の神の系図が他国の系図と入り混じっているという理由でこの書物は処分されたのである。また,多くのものがこれを実録と信じていたようである。
 もともと,この書に書かれていたことが古代から伝えられていたことであったかどうかはわからないが,もしそうならばあえて『日本後記』に残ることはないだろうと思う。この書に関しては多くの謎が残る。
 だが,アメノミナカヌシに関する情報が少しでもある史料が魅力的であることも確かである。多くの人がこの書に惹かれた理由は,そこにあるのかもしれない。


・クニノトコタチ

 『日本書紀』における最初に現れた神,クニノトコタチは天地が分かれ,大地が形成された後生まれたとされる。
 この書によれば,天地が開けて間もない頃は国土が浮き漂っている状態で,それはまるで水面すれすれを泳ぐ魚のようだったという。そのような地と天の間にあるものが生じた。それの形はまるで葦(あし)の芽のようであったという。そして,それがやがて神になった,クニノトコタチである。

 『古事記』にある“独神”は男性なのか女性なのか分からないが,『日本書紀』本文によるとクニノトコタチ(他,クニノサツチ,トヨクムネ三柱の神)は完全な陽気を受けた神で,純粋な男性神であるとある。
 この“陽気”というのは,古代中国から伝わる“陰陽説”における考え方であろう。陰と陽は自然界を支配する二つの成すものである。陰の特徴はよく“静”や“柔”などと表現される。また,陽の特徴はそれに反して“動”や“剛”などと表現される。
 例えば陰のとされるものには,地,月,女,夜,卑などがある。また,これに対して陽とされるものとしては天,日,男,昼,そして貴などがある。

 ここで少し話は変わるが,『日本書紀』には,他の書物から引用したと思われる説を多く記載している。これらは“一書”の説として列挙され,具体的にどのような名前の書物からの引用なのかは明らかではない。さらに,この“一書”の説が挙げられるのは神話時代の章のみであり,既にこの時には神話に関する内容に諸説あったようである。ということは,この神話の原型が作られたのは『日本書紀』編纂よりも前のことではないかということが推測できる。
 『古語拾遺(こごしゅうい)』には,まだ文字がない頃に人々が口で古い歴史を伝えて忘れることは無かったが,文字を書くようになってからは古き時代を語ることは無くなったと読める部分がる。
 この書などを見ると,神話の原型は文字の無い時代に作られ,はじめは口で伝えられていたことが想像できるが,其れゆえに伝えられる過程で様々に変化して,文字で残される頃には諸説現れるようになったのではないかと思う。

 さて,最初に生まれた神に関する記述が『日本書紀』一書の説が割と多く挙げられている。これは『日本書紀』の製作段階で,すでに起源神に関する記述が多くあったことを示すが,やはりその多くはクニノトコタチを始めに現れた神とする。このことから,クニノトコタチが起源神とする説が昔から多くあったようだ。

 そして,この神は『古事記』にも登場する。しかし,初めに現れた神ではない。前述したとおり,『古事記』における最初の神はアメノミナカヌシである。
 この書におけるクニノトコタチの立場は,6番目に現れた神であり,“神代七代(かみよななよ)”における最初に神である。
 “神代七代”とは,6番目に現れたクニノトコタチから17番目に生まれたイザナミまでの計12柱の神の総称である。それらを以下に列挙したい。

①クニノトコタチ
②トヨクモ
③ウヒヂ二,スヒジニ(女神)
④ツノグヒ,イクグヒ(女神)
⑤オホトノヂ,オホトノベ(女神)
⑥オモダル,アヤカシコネ(女神)
⑦イザナギ,イザナミ(女神)

 
・バンコ(盤古)

 さて,ここで少し話が変わるが,中国神話には天地開闢の神であるバンコ(盤古)というものが存在する。この神の記述は古代中国の資料に断片的に残っており,おそらく日本神話における天地開闢の場面に影響を与えているのではと考えられる。以下,バンコに関する世界の始まりの話を簡単に記す。

 バンコが生まれたのは天と地がまだ離れていなかった時である。そこから1万8000年経つと天と地が分離し始めた。重いものは下に固まって地となり,軽いものは天となった。
 というのも,バンコは天と地の間に存在しており1日に1丈背丈が伸びていたので,バンコの頭に押し上げられて天が地から引き離されていたのである。
 

 このように,天と地がはじめ一つの物体であり,そこから分離してそれぞれが形成されたという点は,日本神話における天地開闢の場面とよく似ている。
 バンコのことを伝える最も古い資料は『三五歴記』(3世紀頃)と言われ,『古事記』や『日本書紀』の編纂が始まったとされる天武天皇の時代よりは古い。

ー以下,作成中ー